いのちの輝き

演出/さとう としかつ

ブンナとの出会いは、20年ほど前になります。
劇団青年座が上演したこの作品に魅了され、一度取組んでみたいと常々思っていました。
全国津々浦々や海外で上演され好評を博し、アマチュア劇団や学校劇としても数多く上演されてきました。
1977年には芸術祭優秀賞、他にも数々の賞を受けています。
演劇をやっていると、どうしてもお芝居を客観的に観てしまい、なかなか劇の世界に引き込まれないのですが、この作品はまったく別でした。
まさに、釘付けにされたのです。
舞台には、いのちを歌い上げるエネルギーがみなぎっていました。
その時の感動は、今でも忘れられません。
それだけ印象が強いと逆に、上演するのに戸惑いが生じるものです。

そんな中、上演にいたるきっかけとなったのは、昨年30周年記念公演として8月に上演した「夏の夜の夢」に取り組んでいる時でした。
けいこを終え、みんなでくつろいでいた時、飛び込んできたのが、長崎で起きた「駿ちゃん事件」の犯人が捕まったとのニュースでした。
12歳の少年の犯行だったのです。
少年が幼児をビルから突き落として殺害した。
信じがたい結末に戦慄が走りました。
「いのちの尊さを考えたい、訴えたい!」との衝動に駆られ、「ブンナを上演しよう!」との思いに結実したのです。
事件の火が消えない中、少年少女の犯罪・少年少女を巻き込んだ事件が次々と起こりました。
体罰による子どもの犠牲も後を絶ちません。
テレビや新聞などから伝わるイラク戦争の悲惨な報道。
ファルージャでは子ども老人を含めて600人以上もの民間人が殺害されました。
米軍に完全包囲され、人々は遺体をサッカー場に埋めているそうです。
日本人がイラクで拉致され、無事救出されましたが、この時もいのちの尊厳を強く考えさせられました。
新世紀になっても、残念ながらいのちを脅かす事件や出来事が途絶えません。

ブンナは、いのちのつながり、いのちの尊さをうたいあげた物語です。
大空に憧れ、高い椎の木のてっぺんに登ったブンナ。
しかし、そこはトビの餌の取次ぎ場所だったのです。
雀・百舌・ネズミ・蛇・牛蛙が、次々と放り込まれては連れ去られていきます。
死の恐怖を目前になんとか生きのびようとする、そこで繰り広げられる生き物たちのドラマ。
ブンナは木のてっぺんで貴重な体験をし、地上に下りた時は生きる喜びに満ち溢れています。
水上勉さんの原作では、さまざまな事が描かれていますが、私が絞り込んだテーマは「いのちのつながり」ということです。
虫を雀が食べ、雀をネズミが、ネズミを蛇が、蛇を牛蛙が・・・・それら全部を鳶が食べる。
その自然界の循環・営みの中でのいのちの輝きをうたいあげる事を主眼にしました。
その連鎖の中に、私達人間も関りあっているからです。

もう一つ、着眼したのが「目からウロコが落ちる」という言葉でした。
今年正月に見たNHKの番組で、「何故、少年少女の犯罪が起きるのか」について多角的に取り上げていました。
自分が世界の中心、自分で何でもできると思う万能感・・・・自己中なのが現代の特徴として述べられていました。
多くの示唆を得たのですが、私たち大人に何が出来るかのテーマで出されたのが、この「ウロコ」の話でした。
「目からウロコが落ちる」とは、何かがきっかけになって、今までによく分からなかった事が突然はっきり分かるようになることです。
その瞬間、心のときめきがおこります。
出典は新約聖書で、もと失明していた人が突然視力を回復する意だそうです。
孤立化による人間関係の希薄さ、自然と触れ合うことが少なくなった社会。
この様な環境の中では、いろんな体験をすることが少なくなっています。
いのちの大切さを学ぶには、痛みや悲しみを知り、世の中の不思議に驚く必要があります。
感動し喜びを感じる事も大切です。
ブンナで描かれている、恐ろしく、悲しく、美しい物語は、きっと「目からうろこが落ちる」体験に成り得ます。
そんな熱い、ときめく芝居になることを目指してけいこに励んでいます。

脚本としては、青年座が上演してきた小松幹生さんの作品と、原作者の水上勉さん自身のものがありますが、劇団「ひの」としてのメッセージを届けたいとの思いから、自ら脚色することに踏み切りました。
水上勉さんは、「子供にうかつに浅いことを語るよりも、自分の信念みたいなもの・・・・必死なものを差し出さない限り駄目なんだという思いがある」と、語られています。
ブンナには、そういう必死なものが感じられます。
それだけ愛着の深い作品なので許可がおりるか心配だったのですが、幸運にも快い返事を頂くことができました。
そして、劇団で討論に討論を重ねながら上演台本を創り上げました。
いのちに関わるさまざまな出来事やニュース等をみんなで持ちより、語り合いながら作品に挑んでいます。
小学生から60代までの老若男女が力を合せ、歌・ダンスもまじえ生き生きと演じ、「生きる喜びを」かもしだすエネルギッシュな舞台を創造します。

感動の名作、ブンナ・・・・乞う ご期待!