愛、そして人間の尊厳     演出/佐藤利勝
オリバー・ツイストは、ディケンズ(1812から70年)の2作目の長編小説です。
ペンをとったのが25歳の若さだけあって、意気込みと情熱にみなぎっています。 1837〜39年まで自らが編集長をしていた雑誌に連載し、当時から大ヒット、現在にいたるまで世界中で愛読され、映画、テレビ、ドラマ、ミュージカルとして描かれてきました。
「戦場のピアニスト」でカンヌ、アカデミー賞を獲得したロマン・ポランスキーも、昨年映画化しました。これほどの人気の秘密は(私もそれに魅了されたのですが)、どこにあるのでしょう。
一つは、なんといっても物語そのものが持つ魅力です。ハラハラ、ドキドキの連続で躍動感にあふれ、いろんなエピソードが幾重にも織り込まれています。
最後にはオリバーの出生の謎か解き明かされ、全ての出来事が一本の線で繋がっていたとう驚きと感動。個性的で刺激的な数多い登場人物の活躍、絶妙な風刺とユーモア、名言ともいえる心を揺さぶる言葉の積み重ね。二つ目は、社会矛盾への激しい告発です。社会や人間の歪みは、現代社会へも通じています。
そして、主人公オリバーはもちろん、救貧院やスリなど沢山の子どもを登場させ、大人や社会との関わりの中で描き、少年たちを不幸のどん底へ落とす悪に対する作者の怒りに充ちた抗議の声。貧困や人間の生死を通して人間の尊厳を訴え、自愛や慈悲の心の大切さのメッセージ・・・・など、多岐に渡る魅力につつまれており、これらが不朽の名作として数え上げられている理由だと思います。
「社会の矛盾への激しい告発」とは、第一に社会福祉制度にメスを入れた事です。イギリスでは17世紀から「救貧法」という仕組みがあり、自活できない弱者を救う制度で、博愛精神によってはじまったそうです。救貧院という施設が地区ごとにあり、貧しい人がそこで施しを受けていたのです。
「オリバー」執筆3年前の1834年、その制度が「新救貧法」として改正され「働かざるもの食うべからず」弱者に自己責任を要求し社会福祉の効率化が求められました。救貧院へ入れられている老人や子どもに囚人なみの労働を強要し、家族は別々にされ、満足な食事も与えられなかったのです。
オリバーもこの救貧院で生まれ育ちます。第二に、権力をカサに着て、救貧院を牛耳って私服を肥やしている(職権濫用)の人々を痛快に攻撃、制度の矛盾の冷酷さを徹底的に告発しています。
他にも、軽犯罪を裁く警察法廷で権威だけ誇示する判事の理不尽な行為の暴露、絞首刑を公開して面白いショーとする野蛮で非人道的な行為、子どもや女たちを使って悪事をやらせピンはねしている犯罪者組織への怒り。
以上でわかるように、ディケンズの小説は、娯楽としてだけではなく、社会の矛盾を読者に気づかせ、社会改善を目指していたのです。
作品の背景となったイギリス19世紀初頭は、まさに産業革命の真っ只中でした。農村から都会へ人口が流れ込み、労働者があふれ、「富める者」と「貧しい者」の落差と差別が激しく「二種類の国民がいる」といわれたほどだったそうです。
経済成長の中で資本主義の生産様式が拡大し、ブルジョワ階級と労働者階級が形成され、従来からの政治の支配階級である地主階級とならんで、いわゆる「社会の三大階級」が構成された時期です。貧しい者は、日々の糧を得るために必死で働き、あるいは危険な犯罪に手を染めるしかありませんでした。
1830〜40年代は産業革命以来の工業化と都市化のもたらす歪みと矛盾が階級の間に高まり、激しい階級闘争となって噴出しました。貧富の差がもっとも大きくなった時期で、中流階級の平均死亡年齢は40〜50歳代であるのに対して、大都市に住む労働者の家族は15〜20才だったそうです。
乳幼児(0〜4歳)の生存率が50%ほどと極端に低かったのもありますが、労働者の生活がいかに劣悪だったかがわかります。
最近、格差や貧困という言葉をよく見たり聞いたりする様になりました。ディケンズが生きた世界と重なってみえます。「働いても豊かになれない。頑張っても報われない」という、「働く貧困層」ワーキングプアの拡大。フリーターもしくは日雇いの仕事をし、あっちこっちのネットカフェを渡り歩いて生活しているネットカフェ族。生活保護世帯が100万を突破しているそうです。
貧困な状況はいくらでも転がっています。親が子を、子が子を、子が親を痛めつけたり、死にいたらせることも少なくありません。
不安定な社会状況の中で、家族関係や人間関係にまで歪みがきています。高齢者や障害者や国民への福祉切捨や増税など、国の暴力に思えてなりません。
私は脚色に際し、原作の精神を保つことに心がけました。ディケンズがもっとも大切にしたであろう、社会正義への情熱、貧しさに対する怒り、人間への愛情、それらが、170年の時空を超えて現代に響き息づくと思います。
ドラマの構成として、人間性と社会性をそれぞれ三つの世界(闇の部分、光の部分、影の部分)で形づくりました。それらを三つの空間(舞台上の場所)で、三つの表現(台詞・歌・ダンス)で描きます。その実現に向けて、準劇団員(小学2生〜中学3年生まで)13人と劇団員(10代〜50代まで)17人が日々けいこやスタッフ活動に励んでいます。オリバーを小学6年生の男の子が演じます。
劇団「ひの」の公演で、子どもを主役にするのは初めての試みですが、純粋な表現にご期待下さい。八王子いちょうホールでの公演は「夏夢」「二十四」「オズ」に続く四回目の上演です。当日は八王子祭り、街は賑わっていることでしょう。
先行、日野七生公会堂で上演します。子どもから大人までのお客様が、見ごたえのある舞台を目指しています。
人間ドラマ「オリバー・ツイスト」に、是非ご来場下さい。