演出 / 佐藤藤利勝
この作品は、2003年に劇団民藝によって初演されました。それは、今は亡き南風洋子さん(民藝)が15才の時に、旧・満州の新京(今の長春)から、敗戦で引揚げて来る経験を舞台にしたいと、山田太一さんに手紙を書かれたのがきっかけだったそうです。しかし、他者の経験を自分のものとして書く事の困難にひるまれ、2年ほど経過した後、あるきっかけで中村登美枝さんの手記「生きて帰れよ」にめぐり合い、引揚げ体験がただ過去の話しではなく、現在に及んでいるエピソードを含んでいたので「これで書ける」と思われ、その手記を原案として脚本が完成したのです。筆舌に尽くし難い辛苦、敗戦の混乱で引き裂かれた運命、60年以上を経た再開。戦争の傷、老いた二人の影をめぐって、現代とそれら過去の出来事を織り交ぜて、山田太一さんのドラマは緻密に構成され、そして現代の人間のドラマとして描かれています。私もラストの再会を含め、多くシーンに感動し上演に踏み切りました。
昨年12月には、戸倉先生を招いて「韓国・朝鮮の近現代史」と「シベリア抑留」の勉強会を開催。1月には、市内に在住されている嘉藤吉郎さん(92才)に「シベリア抑留の体験談」、そして先日は、原案者の中村登美枝さん(87才)をお招きし、「朝鮮からの引揚げや戦後の出来事」をうかがいました。嘉藤さんは、過酷な状況の中、無力感にとらわれ「食べることしか」考えられなかった事など、真に迫る話しでした。中村さんは、何度も何度も涙をこらえながら、辛い話を切々と語られ胸を打ちました。お二人とも最後に「命の大切さ」「平和の大切さ」を解かれ、大変説得力のあるお言葉でした。戦争を体験した方々が少なくなってきた今、「なかなか書けない・語られない」思いや出来事を、演劇を通じて表現する大切さを強く噛みしめました。
戦争は遠い過去の事のようですが、歴史から捉えると、つい先ごろ起きた出来事です。解決していない問題も多々あり、慰安婦などの事実を歪曲させたり、憲法改定の動きなどがますます強くなってきています。そんな情勢の中、この芝居の上演は有意義であり、これまでも時代を見据えてきた劇団「ひの」にとって、創立40周年記念公演としてもふさわしい作品であると思っています。
「龍の子太郎」を通じて入団した高校生2人が、戦中・戦後の二人を演じます。それに加え、新たに3人が入団し(20代の若者)、全10人の出演者で取組んでいます。役を生き、真に迫る表現をするのがとても難しいですが、やりがいのある作品です。心に届き、心に響く、ドラマを目指しています。いつもとは違う、初めての時期の公演となりますが、きっと暖かく春めいていることでしょう。是非、けいこ場へ足をお運び下さい。皆様のご来場を心からお待ちしています。
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