終戦から2年経った1947年夏。
戦死公報の知らせで亡くなったとばかり思っていた牛木健太郎が東京神田にある愛敬稲荷神社の境内に突然現れる。神社の神主である牛木公磨は一人息子の予期せぬ復員に驚くばかりだ。神社は、戦火のために神楽殿とわずかな木立が残っているのみで以前の面影はない。公磨は境内に小さなバラックを建て、5人の戦争未亡人たちを使って細々とお面を作っているのだが、それだけで生きていけるほど簡単ではない。実のところ、皆が協力しあい知恵を絞ってヤミ米を仕入れ、何とか食いつないでいる。そんな世の中だ。
健太郎が突然戻ってきた一か月前のこと、小学生の頃からずっと健太郎とバッテリーを組んでいた稲垣が復員した。彼は幼馴染健太郎の戦死を知り、神社で公磨らと思い出話をしていたのだが、そこに謎の男諏訪が現れた。諏訪は、健太郎が戦地のグアムで地元の青年たちを相手に野球をした事を告げて去っていく。何故グアムで野球をと思うかも知れないが、健太郎にとって野球はただの遊びではなく、戦争によって奪われた人生の一部であった。彼は出征する直前までプロ野球選手だったのだ。川上哲治などとも名勝負を演じていた速球投手牛木健太郎が、戦地で一度野球をしたいと思ったとしても無理からぬ事だったかも知れない。ただ、健太郎の投球を受け損ねた現地の青年が軽い脳震盪を起こす事、そしてそれがある重大事のきっかけになるなどという事は予測できなかったであろう。
戦地で記憶喪失になった事のある健太郎だったが、日本へ戻った時は順調であった。公磨や稲垣たちとの再会を喜び、故郷を懐かしむ事ができた。しかし、ある事をきっかけに再び記憶障害を起こしてしまう。精神科医として、そして無二の親友として健太郎と向き合う稲垣。見守る公磨や女性たち。そして近くの交番に勤務する巡査などが絡み合って、物語は展開していく。
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