「どんな世界に住みたいですか?」と聞かれたら、あなたはどう答えるでしょうか? 「えっ?」と思う方が多いかも知れません。我々が暮らす現在の日本では、とても抽象的な質問だからです。しかし、他の国の人にとってはどうでしょう? 即座に「自由で平和な世界に住みたい。」という答えが返ってくるかも知れません。世界のどこかでは、ただひたすらそう願っている人々もいます。自由ではなく、平和ではない世界に住むことを余儀なくされている人々です。
日本でも、かつての歴史においては、日常生活の中で全く自由と平和を感じられないような時代もありました。戦時中の日本です。しかし、今ではもう実際にその世界を体験した人は少なくなっています。
1930年代のドイツがどんな暮らしだったかご存知でしょうか?
第1次世界大戦敗戦後、ドイツは帝政の終焉を迎えワイマール憲法のもと1920年代は比較的安定した時期でした。しかし、1929年の世界恐慌による経済の破綻が引き金となり、1930年代に入ると国家社会主義ドイツ労働者党(ナチス)が台頭してきたのです。ナチスはユダヤ人の排斥や拡張的な領土政策を唱え、1933年にヒトラーが首相に任命されると、国内の政敵を次々に制圧し、一党独裁体制を築き上げてしまいました。
それから1945年に第2次世界大戦が終わるまでのドイツがどんなだったかは、様々な形で語られていますから、おおよそ皆さんもご存知の通りです。「サウンド・オブ・ミュージック」や「シンドラーのリスト」などの映画をご覧になった方も多いでしょう。そこからもナチス支配下のドイツがいかに不自由で平和ではなかったかが分かります。
今回、劇団「ひの」がお届けする作品は、ドイツの劇作家ブレヒトが描いたナチス政権下における人々の日常生活です。恐怖に怯えて生活する小市民の様子が、コント風の風刺劇として描かれています。
ある日、警察がやってきて、外国のラジオ放送を聴いているのは誰だ? と詰問したらあなたは何と答えるでしょうか? 自分じゃないと答えるだけでなく、それは隣の家の人だと言ってしまうでしょうか?
ある日、自分の子供がナチスのスパイをさせられているかも知れないと疑念を抱くような事態に陥ったらどう思いますか? しかも、自分を監視しているかも知れないと感じたら???
ある日、あなたの妻が自分を置いて家を出ていこうと準備しているところへ帰宅したとしたらどう思うでしょうか? そして、それは恐怖政治の手から逃れるためにどうしようもない事だと分かっていて、止める事ができないとしたら・・・。
当時のドイツでは、ほんの些細な不平不満でも口にした瞬間に体制批判と捉えられ、まさかと思う間に連行されてしまうなどというような事も日常茶飯事だったようです。ましてや、ユダヤ人というだけで何の理由もなく収容所に送られる。そんな理不尽な事が平然と行われていた世の中でナチスを風刺する劇など書く事が出来るのかと思うかも知れませんが、ブレヒトは亡命先のデンマークでこの作品を書いています。たとえ亡命先であったとしても、相当な勇気がなければヒットラーを批判する劇を書く事は出来なかったかも知れませんが・・・。
言論統制、相互監視、密告、でっち上げ、疑心暗鬼、弾圧、迫害・・・ファシズムの恐怖を描く時、ストレートに表現するのではなく敢えてコント的に風刺したブレヒトの戯曲です。この難しいけれどもやりがいのある作品に劇団「ひの」がチャレンジ!
毎回、皆さんの感性に何かを問いかけるお芝居を目指しています。ぜひご来場ください。 |