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今月のクローズアップ
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[2010年01月]
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次田 満夫さん

 『ジプシー』、『太陽の子』では皆さんにお世話になりましたが、「いったい何者?」と思っている方も多いと思います。そこで私と劇団ひのとの出会いの話です。

  それは一本の電話からでした。
日野高校の時の先輩から、自分の入っている劇団で照明の人手が足りないから手伝え、と言われて、当時演劇にはまったく知識も関心もなかったのですが知り合いの引越しを手伝うくらいの軽い気持ちで引き受けてしまいました。
その頃日野駅西側にあった「旧旧」けいこ場で演出の佐藤さんという方と話をしました。
その時に演出の方がおっしゃったのは『照明というのは、光を使って舞台に描く絵です、芸術です』と。
コノヒトハナニヲイッテイルンダ、と思ったことをよく覚えています。
1987年のこと、私は二十歳の学生でした。

  その時の作品は第37回公演『はやてに走れあまんじゃく』で、会場は日野市民会館小ホール。
全てが初めて見るものばかりでモノ好きの私としては、搬入、仕込、舞台稽古などはお祭りのような気分でした。
私の担当は照明オペレーターで、調光室という部屋で照明の操作をする仕事です。
もう1人やはり演劇初体験の人が相棒です。
二人を指導するのがその演出の方です。今考えれば無茶な話です。

  搬入、仕込、舞台稽古ときていよいよ初日。
初日を完璧にやりとげて笑顔で乾杯、の予定でしたがそうはいきませんでした。
本番中は失敗の連続で、演出の方が二回調光室に怒鳴り込んできました。
「どうにかしてよ!」と言われても、演劇初体験者が二人がかりで業務用の装置を操作しているので、どこでつまづいたかが分からず慌てれば慌てるほど事態は悪化するばかりです。
何とか芝居が見えるような明りに持って行くだけで必死でした。しかし、そんなことには関係なく芝居は進んで行きます。

  『はやてに走れあまんじゃく』では、頭にツノが一本生えているあまんじゃくが登場します。
ついにラスト近く、人間に受け入れてもらえないあまんじゃくが、水面に映った自分の姿を見て「自分にはツノが生えている。
人間とは違うんだ、あまんじゃくなんだ」と悟る大事なシーンにさしかかりました。
ここでまた操作ミスをしてしまい、あまんじゃくの大事なセリフの最中に真っ暗にしてしまいました。
いわゆる暗転です。
真っ暗で芝居が見えないわけです。
当然、演出の方が怒鳴り込みにやってきますが、三回目ともなるとこちらも内カギをかけるという知恵がついています。
ドアをガンガン叩かれますが「どうにかしてよ!」を聞く時間が無駄なので無視。こっちは必死でどうにかしようとしている真っ最中です。

  あまんじゃくのセリフが終った頃ようやく明かりをつけることができましたが、これは間違いなく大失態であることはさすがの私達にも分かりました。
敗北感を味わい、演出の方や役者の方に謝りました。しかし同時に、初めて知った不思議な感覚がありました。
紙の上に印刷された文字だと思っていた「台本」が、たくさんの人がさまざまに関わることによって舞台の上で立体的な「芝居」というものになっていく特別な時間を、私は目撃しました。
しかも、そこで起きたことは即座に消え去って、同じことは二度と起きないらしい。
芝居作りに関わることの面白さを知ってしまったきっかけでした。

  『あまんじゃく』に続く「旧旧」稽古場公演『バラ十字団・渋谷組』では、スペースの都合上、舞台が見えない背景の壁の裏側でモニター画面を見ながら照明操作をしたこと、『花のき村と盗人たち』では、大道具の樹木を設計図通り作ったはいいが大きすぎて稽古場から運び出せず、美術デザイナーに内緒で切り詰め小さくしたこと、「旧」稽古場への引っ越しと稽古場公演『私のかわいそうなマラート』では、まっさらな「旧」稽古場で色々みんなで工夫し納得いく舞台が出来たこと。
その他いくつかの作品作りに微力ながら関われたことは貴重な経験です。
またそのころ劇団ひので出会った人たちとはじめた演劇集団の活動は最近まで続いています。

  以上、劇団ひのとの出会いでした。
この出会いは、私が舞台照明という仕事をするようになったきっかけのひとつになったことは間違いありません。
卒業後、教師を目指したこともありましたが、導いてくれる方があって演劇の照明をする会社に入り、六年間在籍したのちフリーとして十一年間活動しました。
その間、さまざまな芝居に関わるたび、「あまんじゃく」で知った不思議な感覚がよみがえりました。
どの作品も舞台の上でそれぞれ別の形になり、再演でさえ元とは違うものになってしまうので何度やっても面白い。
気がつくと年間百〜二百日は旅公演で、いつの間にか全国を三周くらいしていました。
そのせいで家を空けてばかりで、妻には大変な思いをさせてしまいましたが、ずっと支えてくれていることにとても感謝しています。

  現在は地元で仕事をしているので、旅公演に行くこともなくなりました。
そのかわり、長いブランクを経てまた劇団ひのと出会えたことには不思議な縁を感じます。
今後もご縁がありましたらよろしくお願いします。